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Eto Ryosuke 著
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ヴェルブンク(verbunk)[洪語.< 独語 werbung:募兵, 宣伝.]
ハンガリーの新しいスタイルの男性舞踊。男性一人で即興的に踊られるソロ・ヴェルブンクと,複数の男性でそろって踊られるケルヴェルブンクとがある。伴奏音楽は,厳格に一定した4部音符の拍動で演奏される。テンポは地域ごとに異なり、♪=120~180である。伴奏旋律には,付点リズムの古い民謡や,適応リズムの新しい民謡,民謡風にこしらえた歌,ヴェルブンコシュ音楽などが使われる。踊りは,4部音符を基本の拍動として踊られる。常備軍の設立(1715 年)から独立戦争(1848年)にかけて行われていた踊りを使った募兵活動の中から,この新しいスタイルの男性舞踊ヴェルブンクは形作られた。

当時の兵員補充活動は,強制的な徴兵の他に,自由志願にもとづく募兵という方法が採られていた。この募兵活動は,その制度が始まった当初から,居酒屋での酒宴の形で行われていた。その後,その様式は次第に洗練されてゆき,使われた農民の踊りには芸術的な手が加えられていった。そして18世紀の後半になって,それは芸術的に完成されたものへと熟成し,踊りを使った見世物的な募兵活動というものが開花することになる。

募兵官たちが18世紀に踊っていた踊りについては,グヴァダーニの記述を通して再現されている(Rontó Pál)。絶妙なソロダンス,通りでの賑々しい行進,サークル隊形を作っての踊り,それに続くカップルダンスなどからそれは構成されていたという。また 19世紀には,サークル隊形になって統制された様式で踊られる模式的なヴェルブンクの模様を描いた信憑性ある絵画がツツォルによって制作された(Athenaeum 1843 Ⅰ 113-114)。サークルの中央で踊るヴェルブンコシュ伍長が踊りの先導をしていたこと,次第に盛り上がっていく構成になっていたこと,構造的に複数の部分から構成されていたことなどの他に,そこで使われていた動作の性質についても,その絵画を通して推測されている。1848年の独立戦争においても,この踊りを使った募兵活動という制度は,儀兵の動員のためにまだ役割を果たしていたが,後に,普通徴兵制度が導入されるとともに(1866年)この制度は廃止された。

初期の募兵活動の中で使われていた踊りは,古いスタイルの男性舞踊(ウグローシュ,レゲーニェシュ)の特質を備えた踊りであった。18世紀の初期ヴェルブンコシュ音楽の記録を見ると,それは,ウンガレスカ旋律の性質を備えた舞曲であり,拍節,リズム,旋律素材の面で古いスタイルの舞踊音楽であったことが分かる。一方19世紀のヴェルブンコシュ音楽は,今日にいうヴェルブンクやチャールダーシュの伴奏音楽と同様のものであった。

古いスタイルから新しいスタイルへの転成のうち最も重要と見なされる要素は,テンポ,拍節,リズムの面での変化である。古いスタイルの男性舞踊が,中位のテンポ(♪=100~120)の伴奏に合わせて8部音符を基本拍動として踊られる動きの素早いものであったのに対して,ヴェルブンクでは,4部音符を基本拍動とするテンポの遅いものとなっている。また音楽では,適応リズム,付点リズムが頻繁に用いられようになっている。リズム伴奏には,ゆっくりとした厳格な雰囲気の遅いデューヴェーが使われる。

募兵官たちによって表舞台に引き上げられた古いスタイルの男性舞踊とその音楽は,独立と民族の覚醒を目指す改革期の国民運動の中で改造されていった。そしてひとたび形作られた新しいスタイルの国民音楽,国民舞踊は著しい勢いで全国に普及していった。ヴェルブンクが、モティーヴのレパートリーや演出様式の面で一律であるのはこのためである。

(出典:Martin György 1995:Magyar tánctípus és táncdialektus.)
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by kislexikon-a | 2009-09-09 22:01 | ・ヴェルブンク