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Eto Ryosuke 著
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カテゴリ:・アルボー,トワノ( 1 )
アルボー, トワノ (Arbeau, Thoinot)
生, 1519年 (Dijon)。没,1595年 (Langres)。フランスの舞踊理論家。本名は Jehan Tabourot。振付師のサン・レオンによって書かれた伝記 (1852年) によれば,彼は舞踊譜の父とされている。舞踊表記についての最初のアイデアが,彼によって示されたからである。

王室諮問官であり,ディヨン市裁判所の所員でもある父の希望で,青年時代にはポワティールで法律を学ぶ。そしてこのポワティール時代に舞踊教師から踊りを学ぶ。しかし後には聖職者への進路を選ぶことになる。迷信深い母親の希望に従ったからである。聖職者になった後も,踊りに対する執着を捨てきれず,様々な機会を通して踊りに従事する。この当時は,教会で踊りを踊ることがまだ許されていたのである。教会主催の踊りの披露会を催したり,結婚式の踊りの宴を主催するなどして,彼は踊りとのつながりを保ちつづけた。1562年にはラングレの主任司祭となり,1574年には司教座聖堂参事会員 (Chanoine) となる。その間,「セント・ダンス」の流行が次第に廃れてゆくのを悲しい思いで見届けた。あるいはまた,踊りに対して批判的なユグノー派の聖職者に対して腹を立てていた。69歳のときに,踊る体力も気力もなくなり,慰めに「舞踊記譜法」(Orchésographie)を著す。そしてそこにおいて,ポワティール時代に自分が踊った踊りや,目にした踊り全てを記載した。1588年に第1版が売り出されると直ぐに売り切れ,8年後に再版される。ラングレにおいてコンポーズされたバレエやマスカレードの音楽について,さらに執筆を予定していたが,実現しないまま77歳でこの世を去る。

アルボーの「舞踊記譜法」は,ノヴェールの手紙や Caroso の著作と並び,ヨーロッパの舞踊文化史に関する第一級の資料とされている。そこでは,宮廷で踊られている社交舞踊についてのみならず,16世紀のフランスの農民や地方のブルジョワ・中小貴族などの踊る地方色あふれる踊りをも記載している。記載は,舞踊旋律と並列した形で行われている。音譜の横に,動作やステップを正確に記入する形で,踊りの表示を行っているのである。アルボーの本が網羅している時代は非常に幅広い。バス・ダンスのように,著作当時すでに,流行から廃れて50年が経過していた踊り,ブッフォン (buffon) やモリスクのように中世に逆上る踊り,パヴァンのように,当時舞台舞踊に変わりつつあった踊り,当時盛んであったガーヤールドやブランルのように,後の1世紀間に次第に洗練されてゆき,やがてメヌエットやガヴォット・パッセピー (sassepied) などへと発展していった踊り,アルマンドやクラントのように,当時 発祥途上にあった踊り,などである。

(出典:Vályi Rózsi 1955:Thoinot Arbeau Orchéso-graphiája. in Táncművészet V évf., 1.,1955)
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by kislexikon-a | 2009-09-13 15:44 | ・アルボー,トワノ